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◆お墓とは     ◆墓石、墓相について     ◆移転について     ◆通 夜     ◆お位牌     ◆戒 名    
◆納 骨     ◆年回法要     ◆三回忌     ◆法要の心得

 
■お墓とは■

日本人は遺骨に宗教的な思いを強くもっています。これは紛れもなく仏教の影響であると考えられます。佛舎利といって釈尊の遺骨を祀る場所に塔を建立し、仏教徒はそれを信仰の対象として崇めています。遺骨そのものに宗教的意味を見出しているといえます。遺体を埋葬しても骨だけは永く形をとどめて地中に残ることが、宗教的にも尊重されることにつながったと云えます。この遺骨を大切にする仏教の慣わしから、私たちは亡き人の遺骨を墓に納め供養することで、宗教的な修養としているのです。

さらに先祖代々の墓の場合、自分が生を受けた遠い祖先に思いを馳せ、今在ることを感謝する拠りどころとなる場所が墓であると云えます。ですから、分家した方が都会に新たに墓所をもとめ墓を建立する場合、故郷の先祖の墓から一握りの土を分けてもらってきて、それを新たな自分の家の墓のカロート(納骨室)に納めることをします。そのことで、自分のルーツを確認し、さらに子孫に伝えることをするのです。いずれにせよ墓は単に遺骨の保管場所としてあるのでなく、深い信仰に根ざした宗教的意味合いを持つものであることが分かります。


■墓石、墓相について■

よく墓相をいう人がいますが、墓相学は中国の易学や陰陽道、日本古来からの俗信や迷信が交じり合ってできたものです。ですから墓石の種類や方角などを気にすることは全くありません。また墓石にも善し悪しはありません。大切なのは正しい信仰と、お墓に安住している先祖を思いやる気持ちであることはもうおわかりでしょう。

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■移転について ■

生きている内につくるお墓のことを寿陵(じゅりょう)といい、寿陵をつくると長生きするなどといいますが、実際には生前にお墓をつくることはそう多くはありません。身内に不幸が起きて、さてお墓がない、あるいは病を患い余命をしったりして、そろそろお墓をということになります。 ですが人は必ず死を迎え、荼毘(だび)に付され、お骨となり、お墓に入ります。ですからお墓がない場合は家族全員で、お参りのしやすさ、無理のない使用料などを考えながら探しましょう。お墓は一度手に入れれば、それこそ永代使用料のことば通り、末代までずっとお世話になるものです。もう一つのわが家と考えて、家族全員で決めるべきものです。 お墓を建てる時期にきまりはありませんが、できれば納骨にあわせた四十九日やあるいは百カ日など、きりのよい時に納骨できるように建てるのがのぞましいでしょう。またお寺内のお墓でない時は、最初にお骨を入れる前に住職にその旨を伝えましょう。 田舎のお寺にお墓があるけれども、遠くてお参りにいけない。それに身内も親戚ももう田舎にはいなくなったので、お墓を移したい。こんなときは田舎の住職、そして現在お世話になっている住職とよく相談してください。お墓は移転することはできないことはありませんが、お寺にとって檀家さんは大切な信者さんです。移転がよいか、あるいは分骨がよいかなど、十二分に話し合いなしでは解決できない問題です。決して結論を伝えるのではなく、初めから相談することをこころ掛けてください。
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■通 夜■

通夜の起源はお釈迦さまが入滅された時、その死を悲しむ弟子たちが、お釈迦さまを 偲んでその教えを夜を通して語り合ったことに由来しています。まさに夜を通して、た だただ悲しむだけでなく、亡くなった人の思い出やその人に対する思い、その人から教 わったこと、影響を受けたことなど、自分の人生の中でのいろいろな関わりを整理し、自分のこころの中にきざむための、大切な時間なのです。できれば灯明を絶やす事なく、朝まで家族、親族が亡骸のそばで見守ってあげたいものです。

斎場などでは宿泊のでき ないところもあります、ですが可能なかぎり、夜通しそばにいてあげましょう。また、 会葬に来ていただいた方との時間もできるだけ優先し、たとえ一言でもよいですから、 お礼を言えるのが理想的なお通夜といえるでしょう。 さて、通夜での法要ですが、本来は故人のために家族、親族など、身近な人たちの前 で僧侶がお経をあげ、冥福を祈るものです。ですから、家族、親族も僧侶と一緒になっ てお経をあげたり、故人の冥福をともに願うのが自然の姿なのです。 そして、故人を想う人が夜通し棺のそばにいて、思い出を静かに思い起こすための夜なのです。

  しかし、もちろん地域によりますが、最近では通夜に会葬者がたくさん見えることがおおくなり、喪主や家族、親族が僧侶の読経中にも会葬者への挨拶で忙しく、とても故人の冥福を一心に願う余裕さえなくなってきています。 こうしたことは社会環境の変化や、人々の死者に対する意識の変化、通夜、葬儀式の儀礼化など、いろいろなことによるものですが、浄土宗の檀信徒でしたら本来の意味を忘れる事なく臨みたいものです。そのためにも常々から菩提寺の住職や寺庭(じてい)婦人(お寺の奥さま)とのコミュニケーションをとり、いざという時にあわてないようにしたいものです。
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■お位牌■

お位牌について 古いお位牌をどうしたらいいか、お位牌についてのことは意外とわからないことがあります。白木のお位牌を黒塗りのお位牌に変える時期だとか。ここではこのお位牌についてお話しいたしましょう。 仏具のところで、お位牌のことについて述べました。仏壇のなかの主役が本尊さま、そして準主役がお位牌です、と。 そうです、お位牌はとても大切なものです。仏壇にある黒塗りのお位牌は、枕経もしくは通夜の時に菩提寺の住職からつけていただいた戒名を書いた白木のお位牌にとって代わったものです。そしてこのお位牌は黒塗りになる時に開眼の供養をしていただき、仏壇の中に納められます。

白木のお位牌について
白木のお位牌ですが、枕経もしくは通夜の際、授かった戒名が白木お位牌に書かれます。納骨とともに開眼された黒塗りのお位牌に代わるまで、故人のお骨とともに残されます。書く本数やその書き方には地方や地域によってことなりますが、一般的なこととして、真ん中に戒名が、そしてその向かって右側に亡くなった日を、向かって左側には俗名と亡くなられた時の年齢を書くことが多いようです。 また白木のお位牌は枕経をあげるときから必要となりますので、菩提寺の住職や葬儀社にお願いするのが良いでしょう。また黒塗りのお位牌に代わったあとは菩提寺に持参して浄焚(じょうぼん)(燃やすこと)してもらいましょう。 この白木のお位牌は納骨とともに黒塗りのお位牌に代えます。その際黒塗りのお位牌は、住職に開眼の供養をしていだだき仏壇の中に納め、白木のお位牌はその後菩提寺に持参して浄梵(じょうぼん)してもらいます。
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■戒名とは■

戒名をどうしたらいいか、戒名についてのことは意外とわからないことがあります。先祖の戒名との関係であるとか。ここではこの戒名についてお話しいたしましょう。 戒名は授かるもの
戒名とは、戒律のある宗派で戒律を受け、仏の弟子になることで授与される名前をいいます。仏の教え、戒めに従うことを約束することで授けられるものなのです。ですから、本来は死後につけてもらうものではありません。生前に五重相伝や授戒会を受けることなど、いただく名前のことなのです。 さて、皆さんが戒名と聞いて思い浮かべる名前は、おそらく正式には法号と呼ぶ、戒名を含んだ名前のことでしょう。というのもたとえば、

道号   戒名   信士 と言う名前のなかで戒名と言われるのは信士の直前の二文字だけです。そしてそれ以外は、  道号 戒名の前にある名前  一番後ろについている文字が位号で、居 士 ・ 大 姉  禅定門 ・ 禅定尼  信 士 ・ 信 女   など また子供につける位号が、童子 孩女 嬰児、水子 など があり本人の年齢や性別、法号全体のバランスに合わせてつけられる名前です。

またその他に、誉号といって、○誉とし、字の通りほまれたたえて念仏の篤信者に授与するものや、院号といって、本来、堂宇を寄進するなどの物心両面にわたる貢献をした信心深い者に授与される称号などが、つけられることがあります。 戒名は、仏の弟子になることで、お寺からいだだけるものです。檀信徒のみなさんにはこうした戒名、法号の意味を十二分に理解してしていただき、自分なりの戒名、法号を授かれるよう、さらに信仰心を深めたいものです。
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■納骨■

お墓にお骨を納める時期は、一般的に四九日(満中陰)の法要と併せて行うことが多く、これまでの期間は自宅の中陰壇に安置します。しかし、必ずしも四九日でなければならないわけではなく、地域によっては、火葬後、すぐにお墓に納める場合もあれば、初七日だけで、次は納骨ということもあり、また、初七日から四九日の間に、遺族で決めた日にお墓に納めることもあります。

葬儀のあとの法要や納骨については、よく菩提寺の和尚さんに相談するようにしてください。  お骨を納める場所と時期が決まったら、墓地で納骨(埋葬)法要を行います。まず、菩提寺の都合を聞いて、(霊園などにお墓がある場合は、霊園の管理事務所にも連絡)墓石を開ける手配をしておきます。そして四九日の法要を行い、墓地で納骨式を行います。納骨式はお墓の前で行い、墓石を開けてもらい、施主(遺族の代表者)が骨壺を納骨室に納めます。(地方によっては、骨壺より骨を出して納めます。)それから、墓石を閉めて、花、線香、ろうそくを供え、墓地に故人の供養のために卒塔婆を立てます。僧侶が読経を行い、参列者が順番に焼香をして、納骨式を終えます。

納骨法要で遺族が持参するもの 卒塔婆は前もって菩提寺に頼み書いておいてもらいましょう お骨をお墓に納めるには、埋葬許可証がなければなりません。これを忘れると、埋葬(納骨)ができないので、無くさないように管理し、当日は必ず認印と共に持参しましょう。 法要と納骨が終わったら、僧侶にお布施を渡します。また、葬儀後から後飾りの祭壇に安置しておいた白木の位牌は、四九日忌までのものなので納骨や四九日忌を過ぎたら、新たに仏壇に祀る黒い塗りの位牌をつくって、白木の位牌は菩提寺に納めましょう。納骨後は新しい位牌に入魂(開眼式)の読経をあげてもらい、仏壇に祀ります。 四九日の法要は、故人が亡くなったあとにあの世での運命が決まる日とされており、正式な忌明けにあたります。このため、法要の後には参加者全員で供養の意味で会食をすることが多く、これは自宅や菩提寺、霊園の近くの料亭やレストランなどで行えばよいでしょう。 会食の席では、施主はまず納骨を無事に終えたお礼を述べ、忌明けの挨拶も併せて行います。特に形式ばったことはいわなくてもよろしいが、参加してくれた人は皆、故人と深いかかわりのあった人なので、きちんと感謝の気持ちを述べましょう。
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■年回法要■

百か日を過ぎると、一周忌、三回忌となります。一周忌は儒教の礼記「親亡して十三カ月の祀りを小祥、二十五カ月を大祥」ということに由来しています。 ちなみに数え方は亡くなった年を含んで数えますから、故人が亡くなってから、まる1年目にあたる命日が一周忌、翌翌年(2年目)が三回忌となります。 ここまでが中国の慣習を取り入れた形の年忌法要で、これから以降の年忌法要は日本で生まれたものです。まず年忌法要の年を並べてみましょう。表の通りですが、一般に33回忌が忌い上げ(とむらいあげ)といって戒名を過去帳にうつして、そのあとの法要は先祖と一緒にお盆などにまとめて行います。  年忌は亡くなった人のための追善回向のためです。回向とは言葉通り、「回し向ける」ことで法要の中で読んだお経や念仏の功徳を亡き人のために差し向けることです。それによって、亡き人も残った人もともに阿弥陀さまの光明の中にお守りいただく、お導きいただくことになるのです。いちおう、五十回忌で年忌法要は終わります。お位牌なども先祖代々のお位牌と一緒にしてもかまいません。(※この法要も地方差、地域差がありますので、菩提寺に確認しましょう) また、1周忌は遺族や親族の他に、故人と親しかった人々を招いて行いますが、3回忌からは相手方の都合もあるので、法要の度に招待の人数をしぼっていくようにします。
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■三回忌■

中陰(ちゅういん)や年忌(ねんき)等の法要についてよく檀信徒(だんしんと)の皆様より質問されます。これらの法要は地域や宗派によって少しずつ違いがありますが、ここでは年忌法要の成り立ちと目的について少し説明したいと思います。 インドでは、人間が生まれ変わり死に変わりするという「輪廻転生(りんねてんしょう)」が信じられてきました。死後、次の生をうけるまで四十九日間あるとされ、この間を「中陰(ちゅういん)」あるいは「中有(ちゅうう)」といいます。その間、遺族(いぞく)は7日ごとに供養をして、死者が少しでも良いところに生まれ変われるように願うのです。このことから、日本では、初七日より七七日(四十九日、満中陰(まんちゅういん))までがつとめられるようになったと考えられます。

中国では、儒教(じゅきょう)の『礼記(らいき)』に「卒哭忌(そつこくき)」(士(し)は三ケ月にして痛哭(つうこく)し卒(お)わる)という行事があり、仏教ではこれをとりいれ、百という満数にして百ケ日の法要を行うようになったと考えられます。さらに『礼記』に 「小祥忌(しょうじょうき)」「大祥忌(だいじょうき)」(親亡くして十三ケ月、二十五ケ月の祀(まつ)り)があります。これらが仏教の一周忌、三回忌となったと考えられます。なお、一周忌は人がなくなって丸1年をまわった日をいい(一回忌とはいいません)、丸2年をまわった日を三回忌といいます。これは、亡くなった日が1回目の忌日(きじつ)、丸1年目が2回目の忌日、丸2年目が3回目の忌日であることによります。 三回忌までの法要はインド、中国の習慣(しゅうかん)を取り入れたもので、それ以降(いこう)の年忌法要は日本で生まれたものです。七回忌以降の年忌の数え方として色々な説がありますが、そのうちの2つを紹介します。 1つ目は、中陰の7という数字による説です。つまり七、十七、二十七、三十七回忌を行い、これらの年を含めて7年目に営む法要を十三、二十三、三十三回忌といいます。 2つ目は、十二支(じゅうにし)による説です。亡くなった年の干支(えと)を含めて十二支が半周回った翌年を七回忌といい、十二支が1回まわって2回目にあたる年を十三回忌、2回まわって3回目を二十五回忌、3回まわって4回目を三十七回忌といいます。 いずれにしても、年忌の根拠(こんきょ)は仏教、儒教、それにわが国の習俗(しゅうぞく)も加わって歴史的に成立したもので、鎌倉(かまくら)、室町(むろまち)時代には今のような年忌法要が営(いとな)まれるに至(いた)ったのです。なお、現在私たちが行っている年忌法要は、かならずしも命日(めいにち)(亡くなった日)に営むとはかぎらず、法要にかかわる方々に都合のよい日を選んで営んでいます。

日本の仏教には、死者を弔(とむら)い祖先を大切にするという良い習慣(しゅうかん)があります。ですから浄土宗でもそれを受け継ぎ、法要を行っています。法要は亡(な)くなった人への追善回向(ついぜんえこう)のためです。追善回向とは言葉通り、「回(まわし)し向(む)ける」ことで法要の中で読んだお経やお念仏の功徳(くどく)を亡き人のために差し向けることです。さらには、自分が生きている事実について深く考え、そして、自分を生かしてくれている不思議なちからの存在に気づくためです。それによって、亡き人も残った人も阿弥陀様のお光(ひかり)の中にお護(まも)りいただき、回向し合って生きてゆくのです。 年忌にかぎらず常日頃(つねひごろ)より心からお念仏をとなえ、感謝の心を仏様とご先祖様に手向(たむ)けることが最も尊い、そして大切なことなのです。
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■法事の心得■

せっかく何らかの法事をつとめながら、集まった縁者や知人は、久々に互いに遇う機会なのですから、それぞれに語りあいたいことは、限りなくあるにちがいありません。 ややもすれば、その法事が盛大であればあるほど、そうした話しあいがはずむでありましょう。故人を偲んでのそうした話しあいもたしかに一つのご供養(くよう)にちがいありません。 せっかくご住職を迎えて、お仏壇に灯火がつき、お香が献ぜられて読経(どきょう)がはじまりましても、延々その話しあいがつきることなく、ますますたけなわとなり、ご住職だけが読経していて、いつのまにか終わったというようなことが、はたして皆無といえるのでしょうか。 せめてわずかな読経時間中は、正座して襟(えり)をただし合掌して、追善供養の回向の心を捧げたいものです。それでこそ案内をいただいて法事にお参りした甲斐があるのであります。 決して懇親や宴会のためではなく、心から法事のためにお参りしたという回向の心である、とのけじめを明確にしなければならないことを、あえて付言いたしておきます。
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